Mag-log in「はぁ?」
三人が同時に声を出した。 突然、榊原先生が犯人だと言われてもなんのことだとなるのは当然だ。 「エリカ、なぜそう思ったのか教えてくれないか?」 「うん、任せて! 倉本くん、ちょっとそのパンフレット貸してくれる?」 エリカは、倉本の鞄を指差して言った。 「パンフレット? う、うん、いいけど」 眉を潜めつつも、倉本は鞄からパンフレットを取り出してエリカに渡す。 彼女はそれを受け取ると、「やっぱりね!」と呟いてから、俺の方にそれを差し出してきた。 「はい、これが事件の鍵だよ!」 訳が分からないまま手渡されたそれを確認すると、あることに気がついた。 そして、ゆっくりと教室を見渡してから確信した。 「なるほど……確かに榊原先生が今回のことを引き起こしたと言えるな」 「ど、どういうことだよ雨宮」 相沢が目を細めながら問いかけてくる。 「今回のことはたまたま、偶然の出来事とタイミングが噛み合って引き起こされたんだ」 「そう! 結果的にいっちーが原因ではあるのだけど、誰もファイルに触れることなく自然に倉本くんの鞄の中に入っちゃったんだよ」 俺たちの言葉に、三人は見つめあってから戸惑いの声を漏らす。 「ファイルが勝手に移動したっていうのかよ」 「ああ、その通りだ」 工藤の問いかけに答えると、倉本が呆れの混じった声で呟く。 「そんなおとぎ話やファンタジーじゃないんだから、あり得ないよ」 「なら、それを今から見せてあげる! 相沢くん、ファイルをもう一度机の上に置いてくれる?」 「お、おう」 相沢は言われるがままに、机の上にファイルを置く。 「ついでに何冊か教科書を貸してくれ、できるだけパンフレットと同じサイズ感のものがいいな」 俺が三人にそう言うと、それぞれ何冊か教科書を鞄から取り出して机の上に置いた。 「それでね! このパンフレットをクリアファイルの上に置いてから、教科書を上に置いて……」 エリカはそう言いながら、ファイルのすぐ上にパンフレットを置き、その上に教科書を積み上げた。 「じゃあ直くん、これを教卓までよろしく!」 エリカに言われ、俺は教科書とパンフレットを移動させると、相沢が驚きの声をあげる。 「……ファイルがない! まさか!」 教卓にどさと教科書とファイルを置いた後、パンフレットのみを残して教科書をどける。 そして、そのパンフレットを手に取りその裏を見せる。 「パンフレットの裏にファイルが……いったいどうして?」 今度は工藤が声をあげた。 「それはこのパンフレットの裏とファイルが原因だ」 そう言いながら、俺はパンフレットから、クリアファイルをぺリッと小さな音をたてながら剥がしてみせる。 「それはどういうことなの?」 倉本は二つを見つめたまま首をかしげる。 「さっき“いっちー“が言ってたよね? 教頭先生が本をまとめていた帯を外しちゃったて。 それで、帯についていたノリがパンフレットについちゃったか残っちゃったかしたんじゃないかな? ほら、少しパンフレットの裏、部分的にベタつくでしょ?」 本当にファイルが誰の意思とも関係なく、相沢の机から移動した事実に三人が言葉を失う。 やがて、工藤がパンフレットの裏を触り確かめる。 「ホントだ……一部分だけべたついている」 「それに加えて、このファイルだ。ファイルの外フィルムをそのままにしていたな? それにもノリが使われているから、一部ベタつく箇所がある。 どんなに大切にしていても、元々保管用のフィルムじゃないからな、貼り付け部分が多少ずれて、ノリの部分が僅かに露出していたんだろう」 今度は相沢が確認する。 「確かにこっちもベタつくな」 エリカはそれを聞いて、頷いてから続きを話す。 「それぞれ残ったノリは少しだけど、二つのノリでファイルを一時的に引っ付けて運んじゃったんだよ!」「直央くん、しっ。しゃがんで、耳を澄ませて!」 エリカは素早くドアに耳をぴたりと当てる。俺もつられて同じようにすると―― カラカラ…… ……窓の開く、小さな音が聞こえた。 ――誰かが、教室の中に戻ってきた。 その瞬間。 「そこまでだよ、琴音ちゃん!」 バンッ! エリカが勢いよくドアを開けた。 「ひぃっ!?」 中にいたのは、驚いたように目を見開き、机の下に隠れようとしてそのまま固まって、こちらを見つめる── 花守さんだった。 花守さんは、ドアの向こうにいた僕たちを見て、ぴたりと動きを止めた。まるで時間が止まったみたいに、固まったまま。 そんな彼女を見て、エリカはゆっくりと一歩前に出ると── 「この教室に、不法侵入して……隣の手芸部の子たちを怖がらせた犯人は……」 一度、目を閉じて深呼吸。溜めを作る。その動きがやたらサマになっている。 「あなたよ、琴音ちゃん!」 ビシィッ! キリッとしたバッチリ決まった表情で、エリカが花守さんを指差した。 「ひぃぃ、ごめんなさいぃぃ……っ。つい出来心で……!」 うん、ノリが良いなこの子。 「……花守さん、どうしてここに?」 俺が聞くと、花守さんは目を泳がせながら答えを探す。 「え、えーと……その……」 「部活、サボるためだよね~?」 エリカがジト目でにやにやしながら追い打ちをかける。 「……は、はいぃ……」 罰が悪そうに視線をそらし、しょんぼりうなだれる花守さん。リスか小動物みたいでちょっとだけ罪悪感。 でも、気になってたことを聞いてみた。 「……エリカ、どうして花守さんが中にいるって、分かったの? 姿も見てなかったよね?」 そう、エリカは教室に入る前から、名前までバッチリ呼んでた。あの確信、どこから来た? 「それはね~。さっき琴音ちゃん、校庭走ってくるって言ってたでしょ? それとね、窓の鍵に青っぽい繊維がついてたの!」 そう言って、ドヤ顔エリカが「どうだ!」と胸を張る。 うん、やっぱりこうなるよね。と思いながら、 俺はもう一度、教室の中を見渡す。そして、花守さんの手首に目をやった。 ──ネイビーに白いラインが入ったリストバンド。茉莉花がよく着けてる、女子バスケ部のやつだ。 さらに思い出す
綿貫先輩の話を聞いたあと、俺たちは例の「空き教室」へとやってきた。 何があるのか、何が起きているのか。俺はさすがに胸のざわつきを抑えられない。 「よーし、直央くん!開けて確かめよう!」 だが、隣でエリカは、いつも通りの笑顔でウキウキしていた。まるで宝探しにでも来たかのように。 俺はごくりと息をのむ。意を決して鍵を開けようとした、そのとき―― ガタン! 教室の中から何かが倒れるような音が響いた。 (今の、絶対誰かいる……!) 思わず開ける手が止まる。だが隣を見ると、エリカが「早く開けて!」と言わんばかりに目をキラキラさせている。……いや、もう顔に書いてあるレベルで「ワクワク!」が漏れてる。 俺は覚悟を決めた。開ける手とは反対の手で、エリカをそっと自分の背中へとかばうように回す。 何があっても、この子だけは守らないと。 カチャ。 慎重に鍵を開けて、警戒しながらドアをゆっくりと押し開ける。 ……だが。 「……誰も、いない?」 拍子抜けした声が漏れる。教室は、静まり返っていた。 「ええっ!? 絶対いたよね今の音!?」 俺の脇からひょっこり顔を出したエリカが、目をまんまるにして中を見回す。 たしかに、音はした。絶対に誰かがいたはずなのに。 俺たちは中に入る。空気の流れが妙に生々しく感じられる。 棚や備品には薄くホコリが積もっているのに、椅子やテーブル、扇風機にはそれがない。しかもテーブルには、ついさっきついたような水滴の跡。そして扇風機のコードは、まだコンセントに差ささったままだった。 「誰か、いたんだね……」 「うん、絶対間違いないって!こんなの、動かしてなきゃできないもん!」 俺は窓へと視線を向ける。昔ながらの引き違い窓。内側には半月型のクレセント錠が付いていて──ちゃんと鍵はかかっていた。 よく見ると、鍵のあたりに青っぽい繊維のようなものが絡んでいた。 窓の外には、白いメッシュフェンスと住宅街の通りが見えるだけで、特に変わった点はなかった。 「窓の鍵、ちゃんと閉まってるね」 「えーでも……教室の中に隠れる場所なんて、ないよね?」 エリカが教室の中を見回す。確かに物は多いけど、どれも人が隠れられるようなものじゃない。 「つまり……この教室は、俺たちが鍵を開けるまでは完全な
「えっ、私のこと……知ってるんですか?」 「もちろんよ~。金髪で青い目の美少女っていえば、うちの学校じゃちょっとした有名人だもの~。それに、理事長のお嬢さんでしょ? 海堂グループの~」 「は、はい……」 エリカがなんともいえない表情をうかべる。 美少女といわれるのは嬉しいが、理事長の娘だと特別視されるのは嫌なのだろう。 「だとしたら、そっちの彼は……雨宮直央くんかな~?」 「お、俺も……ですか?」 「うん。私の学年の男子たち、よく噂してるもの~。お昼休みにね、パン食べながら話してるのよ~。“あんなかわいい彼女ねたましい”って」 「……」 「で、そのあとにね、“でも正直うらやましすぎてしんどい”とか、“あれは罪だよな”っていう嘆きタイムが始まるの~。ふふっ、青春ねぇ~」 「……その話は、聞かなかったことにします」 俺はそっと目をそらす。エリカはなぜかもじもじしつつ嬉しそうだった。 「ふふっ。私は綿貫日和(わたぬき・ひより)です~。手芸部の部長をしてるの。で、今日はどういうご用件かしら~?」 「あのですね! 実は、隣の空き教室についてお聞きしたいことがあって!」 「ああ~……もしかして、調べてくれてるの? あのこと~」 綿貫先輩は、ひと針、刺繍の手を止めてこちらを向いた。ほんの少しだけ、迷うそぶりをみせたあと。 「そうだね~……ちょうど先月くらい、だったかな? ふとしたときに、隣から物音が聞こえたの」 「物音……ですか?」 「うん。使われてないはずの空き教室なのに、不思議よね~。最初は気のせいかなって思ったんだけど」 綿貫先輩は、小首をかしげながら続けた。 「一度気づくとね、ほとん
旧校舎に向かおうと、職員室を出て廊下を少し歩いた、そのときだった。 新校舎と体育館をつなぐ通路の先、校門のほうへと駆けていく人影がちらりと見えた。 「んじゃ、茉莉花先輩。私、外周行ってきます!」 ポニーテールを揺らして走っていくのは──昨日、水族館で偶然会ったばかりの花守さんだった。 「ちょっと、また外周? 琴音、体力も大事だけど、ちゃんとボールも触りなさいよ~」 体育館のドアから顔を出して、茉莉花が叫んでいた。 「いまの……琴音ちゃん?」 「ああ。髪型は違うけど。部活中はまとめてるみたいだ」 そんな会話をしている俺たちに気づいたのか、茉莉花がこっちへ顔を向ける。 「なにしてんのあんたたち、こんなとこで。部室はもらえたの?」 「んー、ちょっと訳アリでね。今から旧校舎」 「ふーん、そっか。また、詳しく聞かせてよねー」 と、体育館に戻ろうとする茉莉花にエリカが声をかけた。 「ねぇ、茉莉花ちゃん! その手首のリストバンドいいね! 部活中いつもつけてるの?」 茉莉花の手首には、ネイビーに白のラインが入ったリストバンドが巻かれていた。 「ああ、これね? うちの女子バスケ部のチームでお揃いのを頼んでいるの。 汗を拭うのにも、手首の保護にもいいから気に入ってるの、それじゃあね」 軽く手を振って、今度こそ彼女は体育館へと戻っていった。 その背中を見送りながら、俺とエリカは旧校舎に向けて、再び歩き出した。 まず訪れたのは、問題の空き教室の隣にある、手芸部の部室だった。 扉の前で軽くノックすると── 「ど~ぞ~」 ……と、やたらのんびりした声が返ってくる。 「失礼します」 俺はそう言って扉を開けると、手芸部の部室にいたのは一人だけだった。 スリッパの色をチラッと見れば、三年生を示す緑色。 俺たちの学校では、スリッパの色で学年がわかる。二年生は青、一年生は赤。そして──三年は、やさしさの色みたいな緑をしている。 窓際の机に向かって、のんびりと刺繍をしていたその人物は──まるで、たんぽぽの綿毛みたいな人だった。 ふわっとした空気をまとい、やわらかく微笑むその表情には、時間の流れすらゆるやかにしてしまいそうな穏やかさがあった。 肩までのゆるく巻かれた髪は淡い栗色で、ほんのり陽の光に透けている。制
「部室? んなもん、ねーよ」 放課後、同好会の設立申請を提出した俺とエリカに対して、榊原先生は、いつものぶっきらぼうな調子で言い放った。 「えぇー!?なんでなんで! いっちー!」 「誰がいっちーだコラ。学校では“榊原先生”って呼べっつーの」 「はーい、榊原先生~」 榊原先生は俺たちの家、母が営む喫茶店アンサンブルの常連さんだ。昔から俺たちとも母とも面識がある。 だから、学校外でエリカは榊原先生のことをいっちーと呼んでいる。 「……で、どうして部室がないんでしょうか?」 俺があらためて尋ねると、先生は面倒くさそうに頭をかいた。 「決まってんだろ。同好会なんぞに部室与えてたら、校舎がいくらあっても足りねーよ」 どうやら、部室ってのは“正式な部活”に昇格して初めて割り当てられるらしい。同好会に関しても割り当てられているものもあるが、それは前年に活動実績があって、生徒会の審査を通った場合だけ──って、なかなかハードル高くないか? 「だからよ。同好会作りました、ハイどうぞ部室、なんて話にはなんねーの。現実見ろや」 「けちヒゲ……」 「おい、今なんつったエリカ? せっかくいい話があるっつーのに」 「えっ、えへっ、ヒゲが素敵って意味だよ? で、いっちー? その“いい話”って何?」 いい話があると言った瞬間のエリカの手のひら返しは、俺には真似ようとしても真似できない見事なものだった。 「最後まで聞けっつーの、まあいい。ちょうど頼みたいことがあったんだわ。ひとつ、謎を解決してくれたら、空き部屋ひとつ貸してやるよ。“掃除と管理”って名目でな」 「おぉ~! 詳しく詳しく!」 エリカの目が、わかりやすく変わる。 「旧校舎の西の奥に、しばらく使われてねぇ教室があるんだよ。で、最近その隣の手芸部の連中から、『中から物音がする』っつー相談がきてな」 先生は腕を組んで、ため息交じりに続ける。 「だけど、その部屋の鍵はちゃんと閉まってて、職員室の鍵も使われた形跡がねぇんだよ。5月に一度生徒と一緒に探し物をしにいったくらいでな……まあ幽霊かイタズラか知らんけど、お前ら、ちょいと様子見てきてくれ」 「それって……先生が確認しに行くべきでは?」 「はあ? あんなとこ冷房ねぇし遠いしで行きたくねーわ。危なそうなら戻ってこいって。電話一本でいいか
週明けのこと。夕暮れとまではいかないが、太陽が傾きはじめた校舎の廊下を進み、目的の部屋の前で立ち止まった。 学校内にある他の扉とは違い、重厚な雰囲気を漂わせた扉。その上には「理事長室」と書かれている。 小さく息を吐き、ゆっくりとノックする。 コン、コン―― 決して強く叩いたわけではないのに、思ったよりも大きな音が響き、一瞬たじろぐ。「入りなさい」 扉越しに届いた声は大きくない。だが低く通るその声は、はっきりと耳に届いた。「失礼します」 ゆっくりと扉を開けて中に入る。 そこには、中年の男性がデスクに積まれた大量の書類と、険しい表情のまま向き合っていた。 彼は書類から視線を上げ、険しいままの表情で口を開く。「久しぶりだな直央。元気にしていたかね?」「はい。理事長先生は相変わらずお忙しそうですね」 そう答えると、彼は「やめろ」と言わんばかりに手をひらひらとさせ、ため息をつく。「今は私たち二人だけだ。よそよそしい呼び方はやめてくれ」「わかりました、正隆さん」 苦笑しながらそう呼ぶ。 海堂正隆(かいどう・まさたか)さん――この学校の理事長であり、エリカの実の父親でもある。 常に険しい表情を浮かべているが、俺やエリカのことを何より気にかけてくれる、頼りになる温かい人だ。 しかしその雰囲気から、話すときは自然と緊張してしまう。「すまないな、エリカのことを任せきりにしてしまって」「いえ。信頼して預けてもらえるのは、むしろ嬉しいです」 俺の言葉に、彼は表情を崩さぬまま「そうか」とだけ呟き、席を立った。「いつも通りコーヒーでいいかね?」「はい、ありがとうございます」 正隆さんは軽く肩をすくめる。 二人のときはもっと砕けた口調でいいと言われているのに、どうしても改まった話し方になってしまう。 雰囲気もそうだが、学校の理事長であり、しかも好きな相手の父親だと思うと、自然と固くなるのだ。 最近はもう諦めたのか、苦笑しながら「やれやれ」といった様子を見せるだけになっていた。 ソファに座って待っていると、コーヒーを二つ運んできた正隆さんが正面に腰を下ろし、さっそく本題に入った。「さて、その様子だとやはりエリカの状態は変わっていないようだな」「はい。ただ、ちょっと新しい取り組みをしてみようと思って」 俺は、二人で謎や悩みを解決する